失望したくないのにどうして期待しちゃうんだろう

みたいな、会いたくて会いたくて震える的なことを、この土日ずっと考えていた。本当にずっと考えていた。考えては寝て起きては考えてまた寝て…ということを延々繰り返していた。要約するとただの休日ニートである。

最初らへんは、考えないようにしよう考えないようにしなきゃイイ大人がナントカ患いごときで寝込むなんてマジでみっともないし…と思って、とりあえず街に出ようとかアテもなく走ろうとか一人旅しようとか唐揚げ揚げようとか、立ち上がろう立ち上がろうとしたけれど、どうしても無理で。まあでも冷静に考えたらここ数日ロクに物を食べてないから物理的に立ち上がれないわな、でも食べる気はしないから…

だったら寝るしかねぇな!

まあ私なんかどうせ生きてるだけで既にみっともないし別に休日ニートだろうが誰かに迷惑かけてるわけじゃないし寧ろ私がヒキコモルことで東京の人混みが1ミリ程度緩和されると思えば社会貢献だよね!よっ!休日も社会貢献!よっ大統領!

…っていう、ネガティブなんだかポジティブなんだか分からん解釈をもって、ナントカ患いを理由に堂々と寝込んでいた。

「落ち込むときはとことん落ち込み向き合えば、自ずと答えが出てくるもしくは落ち込むことに飽きてどうでもよくなる」…という長たらしい言葉は長たらしいだけに偉人の名言でも何でもなく、単なる自論である。

今回は幸いなことに、答えが出た。

失望したくないのにどうして期待しちゃうんだろう…って、冷静に考えたらすっごい愚問だった。会いたくて会いたくて震える女性心理の方がよっぽど考える価値がある。

だって、「期待」の対義語は「失望」なわけで。期待した段階で、行きつく先は「期待どおり」か「期待はずれ=失望」のどちらかしかなくて。そして当然、人生期待どおりになんか、そうそう行くはずがなくて。

だからつまり、人は期待したと同時に「結構な確率でそのうち失望する」というリスクを背負わなくてはいけないんだ。その覚悟がないのに期待するから、失望したときいい年こいてリカバリー効かなくて、今の私みたいに年甲斐もなくみっともなく休日ニートと化すんだわ。

そうかそうか、じゃあ失望したくないなら今後一切何にも期待しなければいいのか…

えー?いくら私が不健康な社畜人生を歩んでいるからといって、少なくともあと40年くらいはシブトク生きそうなんですけどー?あと40年何にも期待せずに生きるのー?えー無理ー!絶望的に無理ー!

え、絶望?「絶望」と「失望」って何が違うんだろう。一緒?いやいや何か違う気がする。そういや昔々の誰かの歌で「絶望と希望の繰り返しだけど、そのすべて受け止めて力に変えて」って歌詞があったな。唐突に思い出したけどすげえ良い歌詞よな。誰の歌だっけ?KAT-TUNだっけ?いやいやそれは違う気がする。あ、フクヤマだわ。フクヤマの約束の丘だわ。

「絶望と希望の繰り返し」ってことは、絶望の対義語は希望…え、え、じゃあ「期待」と「希望」は何が違うの?一緒?さすがにこれは一緒じゃない?

分かんないならググレカス…ということで調べたら、goo辞書とかではなく、とあるカウンセラーの方のブログにたどり着いた。そこには「期待はネガティブで、希望はポジティブ。だから期待は手放し希望を持て」といったことが書いてあって、最初はよく理解できなかったけれど、例として「期待が込められたラブメールは強要している感があるが、希望が込められたラブメールには何のプレッシャーもない」といったことが書いてあるのを読んで、ものすごく合点がいった。

そうかそうか、確かに期待はネガティブで、希望はそうでもないわ。仕事でもそうよな。上司に「私は君に期待しているんだ」って言われたら「それって『私の期待に応えないとタダじゃおかない』ってことよな、うっぜーな」って気持ちになるけど、「君は私にとっての希望なんだ」って言われたら「何か大げさやけど、この人は私を認めてくれてるのかな、がんばろうかな」って気持ちになるわな。

私がいちいちナントカ患いを発症するのは、いちいち相手に期待するからなんよな。相手から誘ってほしい、褒めてほしい、もっと声をかけてほしい、早く会ってほしい、優しくしてほしい、特別扱いしてほしい…。それ全部、「ほしいほしい」って待つんじゃなくて「そうしてください」って伝えられたら寧ろまだ「希望」っぽくなるのに、伝えてうざがられて「相手から好かれたい」という期待の根源が崩れるのが嫌やから、何ひとつ伝えられんくせにただただ期待してしまうんよな。

そして何ひとつ伝えられんくせに期待どおりに行くはずないんやから、行動を起こすたびに失望ばっかりで、そのたびにいよいよ期待の根源が崩れるんじゃないかと恐ろしくて恐ろしくて、期待なんかしなければ、無理に今すぐ相手から好かれようと無謀な期待なんかしなければ、ごく普通のやり取りだったかもしれないのに、変に期待するから、ものすごい失望と化してしまうんよな。

期待はな、もはや文字に「待つ」って入っているからな、そもそもが受け身の、自分以外の何かに「委ねる」系の発想なんよな。だから期待を「裏切られる」っていうんよな。よくよく考えたらこっちから勝手に委ねといて「裏切られたわー!」ってな、委ねられた側からしたら「知らんし!」って感じよな。逆に「希望」は自分から「捨てない」限り、「絶望」しない限り一生有効やからな。希望は自分だけのもんやからな。

ええなあ希望って。私もこれからは相手に「期待」するんじゃなくて、ふたりの間に「希望」を持つことにしよう。「相手から好かれたい」って「期待」じゃなくて、単なる「ふたりもっと仲良くなれたらいいね」って「希望」。相手に期待を寄せて待つんじゃなくて、自分から希望して動くの。あー何かすっごいラクになってきた。相手の出方を気にして失望しなくていいし、相手に何の委ねもしないからうざがられる筋合もないし、すっごいラクや。もうナントカ患いで少なくとも寝込まずには済みそうやで。ああ何でもっと早く気づけんかったんかな。ありがとう、ありがとう、とあるカウンセラーさんと、あとフクヤマ!

フ ク ヤ マ 最 高 !



…というのが、まる2日休日ニートした末に導き出した答えである。福山最高。

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by ikako_pa_rara | 2014-05-12 00:34 | 自堕落な日々
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勢いで上京した人の自堕落な追憶
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